笠井信輔さん
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とても楽しませてもらいました。
またタイムスリップ? また源氏物語?
と思いましたが(スミマセン)、その心配は杞憂でした。

黒木監督が描きたかったのはタイムスリップそのもののドラマではなく、源氏物語で悪女としか扱われていない弘徽殿女御にスポットを当てて描いてみたいと言う監督としての作家性なのでしょう。
しかし、ただ描くのでは面白くありません。タイプスリップしてくる若者を狂言回しとして物語を進めるスタイルをとった内館さんの原作に我が意を得たのだと思いました。

原作を読んでいないので分かりませんが、原作は、もっと主人公の青年に重きが置かれているのではないでしょうか?
タイムスリップと言う映画の中では非常にトリッキーな設定を使いながら、弘徽殿女御にあまりにも重きが置かれているのでそう感じました。
そしてこの弘徽殿女御を主人公とした源氏物語の見せ方が非常に面白かった。

ともすると、タイムスリップした青年の平安時代での成長記。
そして弘徽殿女御とのありえないようなほのかなラブストーリーが容易に想像できるのですが、いい意味で観客を裏切る展開でした。

前半から中盤にかけて観客の心をつかむのは「悪女」と言われている弘徽殿女御、三吉彩花さんです
とにかく、三吉彩花さんの凛とした、弘徽殿ぶりが魅力たっぷりで非常に素敵でした。

「怖い女は馬鹿ではなれない」
など、言うこと言うこと一つ一つ、「その通り」と若い女性たちがうなずく姿が目に浮かびます。
その新しい弘徽殿女御の描き方が実にすがすがしく、現代の女性たちにも通じる新たなヒロイン像を提示するものでありました。
自信がありそうで、しかし、ちょっと生き辛そうにしていて、そんな自分を励ますかのように強気でいるところがまたかわいいんですよね。

六条御息所との会話も非常に良かった。
現代女性に通じる女性像を体現して、物語が進むにつれて弘徽殿はどんどん魅力を増していきます。
おそらく平安時代を生きるのには彼女が生まれたのは早すぎたのでしょう

一方で伊藤健太郎さんは、前半は物語の回しに徹する、ウケ芝居。
現代に戻りたいと言う気持ちも見せず、タイムスリップにあまり疑問も持たず葛藤もなく、なんとなくこの時代で過ごしていっているのが、やや不思議。
まあそもそも冴えない男の役なので、特に疑問もなく見てしまいましたが(笑)。
今の若者はこんな感じなのかなと言う。

突然始まるラブストーリーはちょっと急すぎてついていけない感じもありましたが、あくまでもサイドストーリーだったので、こちらもそれほど気にはなりませんでした。

結婚相手が伊藤沙莉さんと言うのが面白いキャスティングでしたね。
(NHKでは、タイムスリップしてきた光源氏君のお相手でしたから)
これだけ、しおらしい淑女を演じるのも珍しいのではないでしょうか?
しかしこれが最後に効いてくる。

1つとっても心に残るシーンがありました
ラスト近く弘徽殿女御は言います
「いつまでも同じ人間が同じ場所に立っていられるわけがない。
いつまでも同じ立場でいられるわけがない、若い者に譲る時が来る」と

「若い者には負ければ良い」

めちゃくちゃ共感しました。
まさに私が「とくだね!」を辞めフジテレビを辞めるときの心境だったからです。

「次の者に譲る勇気」、と言うとかっこいいのですが、「自分の限界を見極める」勇気がとても大切であると考え、私はフリーになりました。

そして、「いつまでも同じ立場ではいられない」とは黒木監督自身が宝塚トップ娘役時代自ら感じたか、大地真央さんを見て感じていたことなのかもしれません。
もっと言うと弘徽殿女御は宝塚の元トップスターが演じてちょうどいい、勇ましい女性なのです。
あえてそうせずに、三吉彩花さんに白羽の矢を立てたところが、この作品の良いところです。

三吉さんは本当に、「ダンスウィズミー」「Daughters」から本作へますます上手くなっています。スクリーンの中では女優としての大きさといったスケール感や、オーラを感じます。
24歳と若いのですが大物女優になる素地を感じるのです。今回は、ほんとに目がよかった。思いのこもった目の芝居に感じるものがありました。

しかしそれに負けていないのが伊藤健太郎さんと伊藤沙莉さん、ダブル伊藤でした(笑)

黒木瞳さんは、ますます監督業にはまってしまったと思います。
弘徽殿女御は、今ならば格好のSNSの餌食です。
しかし1000年前は、SNSなどなくても1編の傑作物語があれば、人間の評判など簡単に決定づけられます。
「本当はそんなんじゃないのに」という黒木監督の思いは何かちょっとわかるような気がします。

そして、1000年後の1本の映画によって弘徽殿女御のイメージ回復は見事に成し遂げられたのではないでしょうか。
紫式部の悔しがる顔が目に浮かぶようです。弘徽殿女御は、おそらく、紫式部の周囲にいた「誰か」がモデルなのでしょうから。